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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页
そのくらい一切経を一遍にシナに持ってきたということはない。インドからシナに来る人が持って来る。また玄奘三蔵とか法顕三蔵というような人がインドに旅行して持って帰る。少しずつ持ってきたのを翻訳した。後漢の時代から宋の時代までに、九百六十年間に百七十余人の学者が、その中にはシナ人もいるしインド人もおりますが、九百六十年の永の年月かかって翻訳したのであります。それを集めて見ると広大な一切経となり、経もあり、律もあり、論もあってあれだけの大部の物となりました。シナに持って来る時にこれは本当の物だと思っても嘘の物もあったかも知れない。シナに持ってきてから偽作した物もあるかも知れない。インドの偽作という物は尚更多いかも知れない。偽作があるからいけないということをいう人もあります。
小乗の方の人はちゃんと決めたままそのままを持っているからこれが正しいこれが歴史的である、これが原始仏教的であり根本仏教であるといって非常に西洋人には評判が良かったのでありますが、私はそんなことは関係しない。仏に説かれて、それを守っておったのであるとしても、初めには文字がない時が四百年間もあった。