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しょうえんじょしのおもいで

松園女史の思い出

金子 薫園

「京都」1950(昭和25)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,745 字 · 4 页

青空文庫

窓の外で春の形見の鶯が頻りに啼いている。

荻窪の家に住んでいた頃のこと、嫁いだ娘ののこした部屋を第二の書斎にしている私は、今、朝の窓の日ざしに向っている。ふと蓮月尼の「おり立ちて若葉あらへば加茂川の岸のやなぎに鶯のなく」の情景を頭の中で描きながら、三十年前に会った京の松園女史の面影を眼に浮べている。

それは大正二年四、五月の交である。私は京都に遊んで、ひらぎ屋に泊って洛中洛外を巡覧した。御池通の松園女史を訪ねて女史に初めて逢ったのは、この時であった。私の来訪を快く迎えてくれた女史はそのころ三十を幾つも出ない、美しい女ざかりであった。女史の画中の化政時代の麗人がそこへ浮び出たかと思われるたおやかさであった。言葉ずくなに語る一言一句は私の身にも心にもしみ透るような感銘を受けた。その時私は、

初夏のお池の南清らなる冷たき水のごとき

君住む

と詠んだように、それは清冷な京の水を想わせるおもかげとものごしをもっていた。その声は高貴な金属的のさやかに徹ったひびきであった。「歌枕をたずねてお越しになったのですか」この一言が、相対して間もなく女史の私への挨拶であった。