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そめきちのしゅぼん

染吉の朱盆

国枝 史郎

「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,824 字 · 35 页

青空文庫

「あったにしてからが大変な値段で」

「値切りゃァしないよ。大丈夫だ」

「へい、そりゃァまあ、旦那のことですから」

こういいながらも笑っている。相手にしないという恰好である。当然かも知れない。この時岡八、普段着の姿でやって来た。唐桟の半纏というやつである。そうして口調は伝法だ。だが、もし主人の眼が利いて、その懐中に取縄があり、朱総の十手があると知ったら、丁寧な物いいをしただろう。まして岡八と感づいたら、茶ぐらい出したに相違ない。

年が三十五で小作りで、むしろ痩ぎすの岡八は、決して堂々たる仁態ではなかった。

「一体どのくらいするものだな?」岡八チョイと気をひいてみた。

「値段があって、ないようなもので」

「まさか百両とはしねえだろう?」大きな所を吹いてみた。

「そうばっかりもいわれませんよ」主人例によって冷淡である。「お噂によると雲州様では、百五十金でもとめられたそうで」

「ふうん」といったが少し参った。「成る程それではこの爺、俺を相手にしねえ筈だ」

「だが、それにしても値が出たなあ、たかだかお前染吉といえば、十年前の職人じゃァないか」

「初から数が少ないんで」

「江戸中に一体幾つあるんだろう?」