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りゅうえいひろくかつえぐら

柳営秘録かつえ蔵

国枝 史郎

「国民新聞」1926(大正15)年1月5日~15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,933 字 · 27 页

青空文庫

で頸筋を赧くした。

その夜奥方はお杉へ云った。

「其方も今は旗本の娘、若い男とはしたなく、決して話してはなりませぬ」

こうしてお杉と三之丞とは、その間を隔てられた。隔てられて募らない恋だったら、恋の仲間へは入らない。おりから季節は五月であった。蛍でさえも生れ出でて、情火を燃やす時であった。蛙でさえも水田に鳴き、侶を求める時であった。梅の実の熟する時、鵜飼の鵜さえ接がう時、「お手討ちの夫婦なりしを衣更え」不義乱倫の行ないさえ、美しく見える時であった。

二人は恋を募らせた。

お杉はすっかり憂鬱になった。そうして心が頑固になった。ろくろく物さえ云わなくなった。そうして万事に意地悪くなり、思う所を通そうとした。

三之丞は次第に兇暴になった。

恐ろしいことが起こらなければよいが!

それは夕立の雨後の月が、傾きかけている深夜であった。新吉原の土手八丁、そこを二人の若い男女が、手を引き合って走っていた。

と、行手から編笠姿、懐手をした侍が、俯向きながら歩いて来た。擦れ違った一刹那、

「待て!」と侍は忍び音に呼んだ。

「ひえッ」と云うと男女の者は、泥濘へペタペタと膝をついた。