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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

だが正篤は自分の声に自分でびっくりし、とまどいをしたように、「いやなんでもない、続けて呉れ」こう云ったのであるが、そのあとでも聴いているようすはなく、講義はそれきりでやめになった。――その後もときどき妙なことがあった、話をしていて急にちぐはぐな返辞をしたり、ふっと黙りこんでしまったり、いきなり外へ出ようと云ったりして、まわりの者をまごつかせた。けれどもそれは、ときたまのことであるし、かくべつ異常にみえるほどでもなかったので、悠二郎もたいして気にかけはしなかったのである。

江戸へ戻ったのは翌々年の三月であった。そして参覲出府の式――国産の献上物を持って将軍に謁見すること――が済むとすぐ、正篤は軽い風邪をひいて寝た。旅の疲れも出たのであろう、長くて四五日と思われたが、そのまま五十日ばかり病間を出ることができなかった。

悠二郎は殆んど詰めきりでお伽をした。むろんお伽や宿直はほかにもいたが、彼と新泉と原の三人はいつもお側去らずで、ことに悠二郎はその期間ずっと家へ帰らなかった。――新泉や原は五日にいちどずつ家へ帰るし、夜も正篤に云われれば部屋へさがって寝た。