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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

仙吉の初七日の済んだ、明くる日のことである。朝の九時ごろだったが、とつぜん原精一郎が訪ねて来たのでびっくりした。

「くいしんぼうだよ、覚えているかね」

原はこう笑って、こっちがまだ返辞もしないうちに、急ぎの使者なんだと、持って来た結び文をさしだした。すぐみて呉れと云うので、あけてみると正篤からの手紙だった。

――会って話したいことがある、むかしの気持ですなおに来て貰いたい、来るものと信じて待っている。

こういう意味の走り書きで、署名はただ「信さん」とあり、宛名は「悠どの」としてあった。署名の「信さん」という字が、いきなりぎゅっと彼の心臓をつかんだ。むかしの気持でという、そのむかしの気持が全身に甦り、飛び立つおもいで、彼はおみつをせきたてて支度をした。

原と駕を並べて上屋敷へゆき、原の案内で、そのまま奥庭へはいっていった。――正篤は麻の帷子で袴はつけず、短刀だけ差した恰好で、日月亭の縁側に腰をかけていた。肥えたばかりでなく、筋肉質の逞しい躯になり、唇つきにも眼にも、ちからと意志の強さが表われていた。

「辞儀はぬきにしよう、久方ぶりだった」

「御堅固におわしまして、……」