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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

としたり努力している。そんな時、麻油はふいに孤踏夫人の神経質な顔を思い出したりした。小笠原の物々しい深刻面の真正面からぶつかっていって、ほかに格好がつかないので是も苛々しながら同じような物々しい顔を向け合せているに相違ない孤踏夫人の様子は見ものだろうと思った。麻油は時々ふきだしたくなって小笠原に頬ずりした。

小笠原は急に東京を去った。小笠原は親しさに倦み疲れた。親しさのもつ複雑な関心に腐敗した。親愛な人々を見暮らす根気が尽きて、限りなく懐しみ乍ら訣別を急ごうとする広々とした傷心を抱き、それを慈しんで汽車に乗った。知る友のない海浜の村落へ来て、海を眺めた時、ほっとした。何物にも慰まなかった小さな心が、縹渺とした海の単調へ溶けるように同化してしまうのを感じて、爽やかな眩暈を覚えた。長い疲れの底に密封されてきて、もう悪臭を放ちそうな澱み腐れた涙が、ようやくたらたらと頬に伝うのを感じた。毎日磯に寝て飽くなく貝殻を玩んだり無心に砂を握っていたりして、甘い感傷に安らかな憩いを覚えていた。

ある雨の昼、孤踏夫人へ海の便りを書いた。静かに雨の降る海のようなひたすらな懐しさで、もし気が向いたら遊びに来てと書き、それを投函して、無論夫人は来るに違いないことを知った。