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つちのなかからのはなし
桜の森の満開の下
坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页
私は初め彼の言葉が理解できなかったほどだ。これも商売の差だけのことで外に意味はない。私にとって原稿用紙はいのちの籠ったものであり、レター・ペーパーなどはオモチャでしかない。
商人が自分の商品に愛着を感じるかどうか、もとより愛着はあるであろうが、商うということと、作るということとは別で、作る者の愛着は又別だ。そういう中で、農民というものはやっぱり我々同様、作者なのであるが、我々の原稿用紙に当るのがつまりあの人々では土に当るわけで、然し原稿用紙自体は思索することも推敲することもないのに比べると、土自体には発育の力も具わっているので、我々の原稿用紙に更に頭脳や心臓の一かけらを交えた程度にこれは親密度の深いものであるらしい。その上に年々の歴史まであり、否、自分の年々の歴史のみではなく、父母の、その又父母の、遠い祖先の歴史まで同じ土にこもっているのであるから、土と農民というものは、原稿用紙と私との関係などよりはるかに深刻なものに相違ない。尤も我々の原稿用紙もいったんこれに小説が書き綴られたときには、これは又農民の土にもまさるいのちが籠るのであるが、我々の小説は一応無限であり、又明日の又来年の小説が有りうるのに比べて土はもっとかけがえのない意味があり、軽妙なところがなくて鈍重な重量がこもっている。