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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

そして新聞から優柔不断だの新味がないだのと年中コッピドクたたかれている人だ。それが戦国時代に生れて奇妙に衆に押されて前面へでて、最後にはファッショの御大のようなクーデタをやらざるを得なくなったから何とも珍無類な古狸の化けそこないのような不手際な天下のとり方をしたのである。

政治家としては新味もなく政策も平凡な保守家で、ただ間違いがないという点で結局保守党の領袖にはなる人であったろう。然し、いざという時に際して、いのちを賭けて乗りだしてくる気魄だけは稀であり、その賭博が野心に賭けられているのでなく、ただ現実を完うするだけの小さな現実の誠意にかかっている点で、珍重すべきものであったと思われる。

アメリカの軍陣医学によると、爪を噛む癖の男は戦争にでると恐怖のあまり発狂するのが通例だということである。すると家康も一兵卒で戦場へでると、臆病者で物の役に立たないような男であったかも知れぬ。実際彼は小心で、驚くたびに顔色を変えるという人物でもあったのである。幸い彼は桶屋の伜や百姓の二男坊や足軽の家などに生れずに、大将の家に生れて、始めからそういう教育を受け、戦争を自主的に行う立場であったから、兵卒なら発狂する線を踏み越えて意慾的な行動をすることができたのかも知れない。