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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

……そして、この怖ろしい考えがはっきり分ってきても、我ながら可笑しい程夫人は狼狽しなかった。寧ろ不思議な落付きと安らかな憩いを感じた。そして、まるで蒼空でも仰ぐように、小笠原の顔を瞼一杯に浮べたのである。夫人はその顔へ向って、そう、あたしもそうよ、貴方と同じだわ、という風に媚るように微笑してみせたいようだった。あの人はあんなに落付いた風をして、何の表情も感情も表わさずに淡々と談笑して帰ったけれど、あたしには分る、やはり痴川の死を希っているのだと、夫人は頭がくらくらした。そうすれば、もしそうだとすると、あの方もあたしを愛しているに違いない。――そして、なんだか寒い程引き緊った気持の中で、一斉に開こうとする花束のような、夥しい微笑がふくらみ、軈て静かな泪となって溢れ出すのを感じた。

孤踏夫人の家を辞した小笠原は、彼も亦一時にほっと全身の弛むような思いがしたが、静かな足取りで暫く歩いているうちに、孤踏夫人が陥ったに相違ない前記の心理を眼に見るように思い浮べた。そして精巧な策略を仕遂げた詐欺師のような落付いた満足を覚えたが、ふと自分に返ると、苦りきった気持で、頭の中の映像を大急ぎで一切合財掃除するようにした。