轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
うめづしえんおうでん
梅津只円翁伝
杉山 萠円
「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页
只圓の通りに遣るのにはそれこそ死物狂いの気合を入れてまだ遠く及ばない事がわかって、その底知れぬ謹厳な芸力にヘトヘトになるまで降参させられ襟を正させられたものでした」
◇
牟田口利彦氏の話によると、翁は平生極めて気の弱い、涙もろい性分で、家庭百般の事について角立った口の利き方なんか滅多にしなかったが、それでも能の二三月前になると何となく眼の光りが冴えて来て、口の利き方が厳重になった。大抵の事は大まかに見逃していたものが、能前の昂奮期に入ると、「それはいかん」と云う口の下から自身で立上って始末したという。
こうして月並能であれ祭事能であれ、催能が近付いて来ると翁の態度が、何となく目に立って昂奮して来るのであった。能の当日になると、夏ならば生帷子の漆紋(加賀梅鉢)に茶と黄色の細かい縦縞、もしくは鉄色無地の紬の仕舞袴。冬は郡山(灰色の絹紬)に同じ袴を穿いていた。皺だらけの咽喉の下の白襟が得も云われず神々しかった。
光雲神社の祭能の時は拝領の藤巴の紋の付いた、鉄色の紋付に、これも拝領物らしい、茶筋の派手な袴を穿いている事もあった。その時の襟は茶か水色であったように思う。