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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

以上は拍子嫌いの我儘流諸氏、もしくば地拍子天狗の諸氏にとっては共に不愉快な記事かも知れぬが、翁の歿後、翁の訓言が如何に強く響き残っていたかという例証としてここに掲げておく。

◇

故男爵安川敬一郎氏は先年筆者にかく語った。

「私が能に志したのは六十歳の時であった。当時福岡は只圓翁のお蔭で喜多流全盛の時代であった。喜多流に非ざれば能楽に非ずという勢いであった。そこでそれならば自分は一つ宝生流を福岡に広めてやろう。喜多流ばかりが能でないという事を事実に証明してやろう……という程のことでもなかったが、それ位の意気組でわざと宝生流のために尽力した。そのような訳合いで健次郎(松本氏)などと違うて私は翁の直門という訳ではない。しかし鼓を担いで翁の門下の人々の能をつとめたのは六十歳の時以来度々であった。あのような立派な先生が又現われるかどうかわかったものでない。私は今でも鼓と、宝生流の研究では若い者に負けないつもりである。年齢こそ八十の坂を越しているが、能に入ったのが六十歳だから能楽の弟子としてはまだ二十歳の血気盛りのつもりでいる。なまけてはいられぬと思うが、何しろ年で、鼓が肩の上でコロコロと運動するのでなあ。