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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

、第4水準2-92-36)は、あとの総てのことばを、わが子以外の人々へ如才なく酬いた。

茶をのんで、やがて帰る人があった。後日を約して、あらかたの人も去った。

今夜は、大坂の八百長に宿の支度がしてあるからという、篠崎小竹の好意に甘えて、近親のもの五六名だけが駕へ移ろうと支度をしていた時である。ふたりの男を連れた、同心ていの役人が、大股に歩いて来て、

『そこに居られるのは、頼先生の御母堂ではありませんか』

と、声をかけた。

『左様です』

と、門人の後藤松蔭が立って、

『何か御用ですか』

『てまえは、御母堂の乗っておられた便船へ、室津から同乗した者ですが、何ぞ御紛失物はありませぬか。御懐中のものでも』

松蔭の眼が、山陽を顧みた。

『母上、同乗して来たお方が、あの様に申して下さいますが、船中で変ったことでもあったのでございますか』

梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)は、べつだんな顔もせずに、

『いいえ、何ごとも』

『路銀などはございますか』

『失くしておりませぬ』

それを聞くと、同心ていの男は、山陽の方へていねいに会釈をしながら、

『いや、それならば結構でした。