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かんおけのはなよめ

棺桶の花嫁

海野 十三

「ぷろふいる」1937(昭和12)年1~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,845 字 · 86 页

青空文庫

11

それは事件があってから、もう一ヶ月に垂んとする頃の出来ごとだった。

杜はバラックの中で、明るい電灯のもとに震災慰問袋の中に入っていた古雑誌を展げて読み耽っていた。そのとき表の方にあたって、

「今晩は――」

という若い女の声を耳にして、ハッと愕いた。事件以来、それは最初に彼に呼びかけた女の声であるかもしれない。

「だ、誰です。――」

彼は恐る恐る席を立って、表の戸を開いてみた。

「ああよかった。いらっしったのネ」

「ど、誰方?――」

杜にはそれが何人であるかは大凡気がつかぬでもなかったが、ついそう聞きかえさずにはいられなかった。激しい興奮が、いまや彼の全身を駆けめぐり始めたからだ。

「あたしよォ。――ミチミ」

ああミチミだ。やっぱりミチミだった。ミチミが来た、ミチミが帰って来たのだ。震災の日に生き別れ、それから一度焼け落ちた吾妻橋の上で睨み合って別れ、それからずっとこの方彼女を見なかった。とうとうミチミは彼の前に現れた。昔に変らぬ純な、そして朗かなミチミであるように見えた。

「おおミチミ。――さあお上り」

その年はいつまでも真夏がつづいているように暑かった。