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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

夜逃げ同様にして何度も移転した。それでも、母親と彼とは一緒に住み続けた。別々の暮しが出来なかったのだ。そうした悲惨のなかに於ける母と子との愛情がどんなに強く深かったか、心ある者には分る筈だ。助力をあおぐ親戚とて殆んどなかったので、二人の心はなお深く結びついた。

母親は針仕事をなし、彼は小さな工場の事務見習に通勤した。そのうち彼は肋膜を病んだ。解雇と療養……。生活はどん底に陥った。近所の人の世話で、借金を拵えた。その借金がまた不幸の種だった。彼は回復して、僕の学校の給仕にはいることが出来、新たに奮発して、中学卒業の検定試験を受けようと勉強をはじめ、母親もほっと息をついたところ、六ヶ月期間の借金――それも二百円だが――それには、期限後は損害賠償の意味で、日歩二十五銭という高利の条件がついていた。二百円の利子十五円を毎月払うことが、彼等にどうして出来よう。そこへ、彼の母親に対して、半ば強請的な再婚の勧誘だ。再婚と云えば体裁はいいが、何でも或る老人相手の、妾とも世話人ともつかないような話だったらしい。彼女はもう四十近くなっていた。見たところ一寸上品な若さのある顔立が、いけなかったらしい。