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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

世間というものは、搾取価値のあるものは決して見逃さないのだ。

彼女は最後の覚悟をきめた。そして彼に向って、それとなく意中をうちあけた。そうした時、彼女がどういう言葉使いをし、どういう云い廻しをしたかは、普通の人にはとても分らない。彼は僕にその時のことをこう云った。

「母は少しも悲しそうな様子を見せませんでした。切ない眼色も見せませんでした。そして世間話でもするような調子で、人の運命というものは、大きな深い河に流されてるようなもので、※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)けば※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)くほど溺れるばかりだから、じっと流されていった方がよいだろうと、そんな風に話をしました。はっきりした事柄は一つも云わないで、よく分りよく腑におちるような、そうした話しかたでした。他人の噂さのような云いかたをして、その次に一言、わたしたちだってそうでしょう、と云いそえるのでした。ああ、わたしたちだってそうでしょう。たったその一言で、全体の話が実はわたしたちだけのことだと分るのでした。その言葉を云う時、鬢のほつれ毛が、こまかく震えていました……。