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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

「ここは、朝日の光を受ける時でなくてはだめだ。」と川村さんは云った。

それが、別れを告げる言葉のように響いた。短い間で、三人はそこを出て、待たしておいた自動車に乗った。そして上野の池の端の方へ、支那料理をたべに行った。

「今日は贅沢してもいいが、明日からはずっと倹約だ。」と川村さんは云って笑った。「これからはもう、君の伯父さんにも狂人だと云われなくともすむだろう。」

「結婚なさるんですか。」と良一はとっさに尋ねた。

川村さんと小鈴とは眼を見合って、晴れやかな微笑をかわした。

「すぐそれだから、君たちには困るよ。もっと自由な考え方をするんだね。」

良一は何故ともなく顔を赤らめた。そしてまた、川村さんの気持が分らなくなるのだった。

竹山茂樹は、施療の精神病院にはいった。父親の遺骨は、故郷の山形へ送られ、母親は、川村さんの家で、家政婦として働くようになった。そして神明町の椎の木は、それから数年後、現在も、天然記念物として市の管理に属し、生々としている。