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くすのきのはなし

楠の話

豊島 与志雄

「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,820 字 · 22 页

青空文庫

また或る晩は、何とも知れぬ異様な声の獣が二匹楠の枝の上で戯れていた、ということも聞かされた。

五百戸許りの部落の中に在って、楠は高く天を摩すように聳えていた。遠くからでもすぐにそれと分った。私は小学校の帰りに、友人等と野の道を辿りながら、遠くからその楠を認めると、何とも云えぬ誇りを感じたものだった。

秋になると樫の実が沢山落ちた。軽い樟脳の匂いがする楠の落葉の中に樫の実を拾い廻ることも、私の楽しみの一つだった。

冬になって野山が一面の雪になると、餌を失った小鳥は四方から楠の茂みを目指して飛んで来た。其処には、彼等の身を蔽う枝葉と彼等の食となる楠の実が在った。

父は銃を持ってよくその小鳥をうった。銃は旧式で、銃身が非常に長く重かった代りに、着弾距離が極めて大だった。その上父は甞て近衛の聯隊に居たことがあって、射撃に巧みだった。楠の梢に居る鳥を、少しの隙間から父はよく撃ち落した。鶫や鳩の類が沢山とれた。ただ、烏と小さな目白の類とを、父は決して撃たなかった。

どうかすると、片方の翼だけ弾に当って落ちて来る鳥もあった。鳥は他方の翼と足とで藪の方へ逃げて行った。