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くすのきのはなし
楠の話
豊島 与志雄
「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,820 字 · 22 页
それを追っかけるのが私には面白かった。そして物の隅に頭だけつっ込んだ鳥を捕える時には、私の息もはづんでいた。両手の中にばたばたやる鳥をそっと握ったまま、私は息を切らして家の中に駈け込んで来た。柔く温い胸毛の下の円い肉体を掌に感ずると、どうしても殺す気にはなれなかった。父もまた殺すなと云った。それで籠の中に入れて飼うことにした。鳥籠は幾つもあった。父と母と私とで一生懸命に育てようとした。然し大抵鳥は十日位で死んでしまった。
父は元来動物が非常に好きだった。一時は鳩を飼ったことがあり、また、目白、鷹、兎、山羊、犬、などを飼ったことがあり、時には豚を養ったり、蜜蜂まで育てたことがあった。鶏と猫とは常に居た。池の中には鯉も常に居た。そういう動物好きの父が、どうしてああ屡々楠の鳥を撃ち落したか、私には今なお分らない。(単に食うためなら、毎日でも鳥を買う位の贅沢をする財産は、まだその頃充分あった。)然し私も、傷いた小鳥を殺すに忍びなかった私も、一発にしとめられた鳥が両翼を拡げて楠の梢から舞い落ちるのを見ては、云い知れぬ喜びに胸を踊らしたものだった。
私が小学校の二年生になった時、竹藪の横の広い池のすぐ側に、小さな二階家が建てられて、父と母と私と一人の女中とはその方へ移って住んだ。