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くすのきのはなし
楠の話
豊島 与志雄
「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,820 字 · 22 页
私は一人その方へ行って家が壊されるのをじっと見ていたが、人がじろじろ私の方を見るので、急いで新らしい家へ引込んでしまった。すると母がこう云った、「もうあそこへ見に行くのではありませんよ。」私にはそれが何の意味だか分らなかった。
古い家が壊される一月前頃から、父は殆んど外に出かけなくなった。それと共に、来客も非常に少くなった。時々村のIとKという二人の人がやって来た。他の人を連れて来ることもあったが、多くは二人きりだった。そして父と母と四人で夜遅くまで何か相談をしていた。また都からはS叔父が屡々やって来た。
然しそういうことは私の心とは何等関係のないことだった。ただ私が悲しく思ったのは、父が急に衰えて来たことだった。いつのまにか父は床につくことが多くなった。咳もひどくなった。そしてよく眉根に深い皺を寄せて黙り込んでいた。
或る朝、私はいつもより寝坊をした。前の晩に珍らしく大勢の客があって、遅くまで眠れなかったからである。起き上るともう日は高く昇っていた。私ははっと思った。学校に遅刻するということが私の頭に一杯になった。すぐに飛び起きて来て時計を見ると、もう八時をすぎていた。