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くすのきのはなし
楠の話
豊島 与志雄
「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,820 字 · 22 页
そして……先刻お父様があなたの起きるのを待っていらしたから、お父様の方へ行ってごらんなさい。お庭の方でしょう。」
そう云いながら母自身眼に涙を一杯ためていた。私はそれがまた悲しくなった。何か屹度悪いことが起ったに違いないと思った。
私は急いで顔を洗った。そして庭の方へ出て見た。池の縁から少し坂を上ると、其処が庭になっていて、その向うに元の家の取り払われた広場があった。父はその広場の中に杖をついて立っていた。私は庭の植込の間を分けて、父の側へ駈け寄ろうとすると、急に喫驚して足を止めた。
朝日の光りが父の姿を後ろから輝らしていた。その光りの中で、父の長く伸びた髪に白髪が非常に多くなってることを私は初めて気付いた。赤味を帯びた頭髪の中に、無数の白髪が銀色に輝いていた。それが私に、亡くなった祖父――写真で見た――のことを思い起さした。
私が躊躇してるまに、父は私の方をふり返って見た。そして弱々しい微笑を浮べた。私は父の側に駈け寄った。
「今日は学校を休んでもいいの。お母さんがそう仰言ったけれど……。」
「ああ。」と父は答えたきりだった。
父はやがて家跡の広場を歩き出した。