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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
なにもかも吹きとばし、水で押し流れるがいい、この家もろとも人も物も吹き飛ばし押し流して、跡形もなくなってしまえ。さわは殆んど声に出すような気持でそう願った。
「あの人が手紙をくれた」とさわは呟いた、「あの人は字が書けるようになったのか、それとも誰かに頼んで書いてもらったのか、とにかくあたしに手紙をくれた、あたしが生れて初めてもらう手紙だった」
どこかで切迫した人声が聞えた。あらしの物音に消されて、誰がなにを云っているのかわからないが、なにか異常な事が起こり、それを告げたり、問い返したりする叫び声のように聞えた。
「お父さんはそれを引裂き、ずたずたに千切ってしまった」とさわはまた呟いた、「あの人にとっても、生れて初めて人に出した手紙だろうに、そして、あたしになにかを告げたかったろうのに、お父さんはそれを、あたしの眼の前でやぶり、屑のように千切ってしまった、これだけはゆるせない、いくら親でもこれだけは決してゆるせないわ」
さわは立ちあがった。折竹村の家へ預けるという、そこは叔母の嫁入り先で、葉川村から二里ちかくも、山の中へはいったところにある。預けられるとすれば、親に隠れて男と文のやりとりをした、みだらな娘だと伝えられるだろう。