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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
しかもそれは単に「呼びかける声」ではなく、深い血のつながりからほとばしり出るもの、心から心へとじかに通ずるひびきを含むものであった。
「とうさん」とさわは絶叫した、「あたしここにいます、かあさん」
さわは榎の幹からはなれて、父母の声のしたほうへ走りだした。けれども、父母に呼びかけながら走りだすとすぐ、闇の中からとびだして来た誰かに、抱きとめられた。さわはその腕からのがれようとしてもがいた。
「おさわさんだめだ」と抱きとめた男がどなった、「屋敷は潰された、逃げるんだ」
「放して」さわは狂気のように暴れた、「とうさんが呼んでるのよ、かあさんのところへゆくのよ、放して」
「だめだ、もうみんな助かりゃあしない」男はさわを抱きあげた、「逃げないとあんたも死んじまうぞ」
男は暴れるさわを抱いたまま、家とは反対のほうへ走りだした。風雨の咆哮をうち消すように、ぶきみな地鳴りが起こり、非常な圧力をもった黒い山のようなものが、二人のうしろへ轟々と押し寄せた。それはいまにも二人に追いつき、ひっ掴んで呑み込もうとするように感じられた。
――さわ、どこにいる、さわちゃん、こっちへおいで。