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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
これは代官に向ってじかに答えたともいわれるが、作り話のようだし、その伝説のたねだというべつな話もある。しかも誰ひとり疑う者がなかったのは、なかにはそんな機知があってもふしぎはない、と思わせるようなところがあったからである。
なかが十五になると、縁談がもちこまれた。そのとき初めて、ひとびとは姉のさわの存在に気がついた。気がついたのは両親でもきょうだいでもなく、足助という飯炊きの老僕であった。
「そんな間違った話はない」となかに縁談が始まったと聞いたとき、足助は云った、「――姉さまをさしおいて、妹の縁談を先にきめるなんということは順序が違う、庄屋さまともある人がそんなことをして、世間に済むわけがあるものではない」
その評はまず出入りの者に広まり、半左衛門夫妻の耳にもはいった。みんな姉娘のいたことに気づき、そうだったなと、改めて見直した。これはさわのために逆効果となった。いままではつとめてどこかの隅とか、人の背中に隠れるようにしていたため、人々は彼女については無関心に慣れていたが、さて前面に押し出されたさわを見ると、縹緻のよくない顔の、陰気な、僻んだような表情や、動作ののろさ、話しぶりのへたさ、気のきかなさなどがめだって、十六歳になった河見家の長女、という人柄とは思えないことがはっきりした。