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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

越前屋の人たち、安二郎はべつにしても、重兵衛夫妻や店の人たちの親切は忘れられないし、この宿へ来てからも、柏屋、角庄という二軒の旅館の人たち、樵長屋の住人たちから、ひいきにされ、慕われている。そのうえみんなはいま、自分のことを縹緻よしとさえ云っているのだ。

国吉はあらわれない。山津波で葉川村はじめ大きな被害のあったことを、彼はまだ気づかないのであろうか。それとも、噂を聞いて来たことは来たが、河見家が全滅したと知り、諦めて江戸へ帰ったのだろうか。いいえそんなことはない、とさわは確信をもって首を振る。もしここへ来たとすれば、あの人はきっとあたしを捜したことだろう。たとえ死躰であっても、みつけ出さずに帰る筈はない。国さんなら必ずそうするに違いない、とさわは信じきっていた。その年は十月中旬に雪が来て、それがそのまま根雪になり、野だての茶はできなくなった。毎日かよって来ていたおすげも、春になるまで休むことにし、さわは家にこもって、子供たちに読み書きを教え、また裁縫の弟子を取ったりした。

年があけてさわは二十四になった。二月の或る日、午後三時ころのことだったが、柏屋から「客がある」