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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
われに返ったのは五六日もあとのことで、起きられるようになるとすぐ葉川村へいってみたという。それからのちのことはさわも知っている、彼は三条へいって建場の馬子になり、そこで知りあった人に拾われて、六日町の吉野屋吉兵衛という宿屋へ住み込んだ。初めは飯炊きだったが、算筆ができるのを認められ、いまでは帳場をやっている。もと葉川村の大榎のところで、野だての茶を接待している女がある、という評判はまえから聞いていたし、おと年の夏に小出へ用事があっていったときは、街道からさわの姿を見た。
「ちょうど客が三人いました」と足助は云った、「そのうえ木の陰で暗かったし、あなたとはわかりませんでした、なにしろあれからとしつきも経つことではあり、あなたが生きていらっしゃろうとは夢にも思いませんでしたからね」
ごまかすことはできないと思ったが、さわはなにも云わなかった。熱心に語る足助の顔を、路傍の草でも眺めるような、無感動な眼つきで見まもったまま、黙って辛抱づよく聞いていた。
やがて、足助は突然おどかされでもしたように、ぴたっと口をつぐみ、なにやら不審げに首をかしげた。
「どうして佐平さんは黙っていたんだろう」