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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
角庄で。いつのことだろう、どの客だろう。耳の奥で血の騒ぐ音がし、胸に強い圧迫を感じた。
「お屋敷にいたころは山猿、山猿とこき使われたもんです」と足助は続けていた、「それがどうでしょう、いまでは江戸の絹糸商、立派に一軒の店を持って、名も佐平と改めた、一年おきに一度ずつ、小出へ買い付けに来るんだということですが、人柄もぐっとあがって、いまではぱりぱりの商人です、あなただってきっとびっくりなさったでしょう、そうじゃありませんかおさわさん」
「あたしはさわではありません」とさわは静かに云った、「人違いです、あたしにはあなたの云うことはまるでわかりません、どうかお帰りになって下さい」
足助は納得しなかった。河見家のことや自分が下男の足助であること、雇人のたれそれ、門前にあった樵長屋。嫁にいって亡くなった妹娘のなか。末っ子で弟の丈二など、むかしのことをいろいろと語って、さわの記憶をけんめいに呼び戻そうとした。さわは相手にならず、ただ冷やかに「人違いだ」と云いとおした。足助が熱中すればするほど自信がつき、なにを云われても平然と受けながした。
「そんなことはないと思うが」