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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
主水がこっちへ来た。
草を踏みわける音で、主水の近づいて来たことはわかった筈だが、里見十左衛門は会釈もせず、骨ばった肩をいからせ、挑むような硬い表情で、甲斐の話しだすのを待っていた。ようやく黄昏の色が濃くなり、夕霧に掩われた草原では、虫の声が聞えはじめた。――甲斐は低い静かな声で、ゆっくりと語りだした。二人に話すというよりも、自分で自分に話しかけるという調子で、要点のところだけやや声を強めるほかは、殆んど独白にちかい口ぶりで語っていた。主水は釣竿を地面に立て、足もとを見たまま聞いていたが、甲斐の話すことの重大さに圧倒されたのだろう、顔色はしだいに蒼ざめてき、その額には汗のにじみ出てくるのが見えた。十左衛門も非常なおどろきにうたれたらしい。杖に支えている躯が硬直したように動かなくなり、下唇がさがって、半ばあいた口から、激しく深い呼吸のもれるのが聞えた。
甲斐が語り終ると、十左衛門は杖を片手に持ち替え、躯を屹と立て直した。
「私にはそのままは信じられません」と十左衛門が喘ぐように云った、「これまで幕府が、多くの大名を取潰してきたことは知っております、しかしそれはすでに終ったことであって、いまなおそのような策謀があり、ことに仙台という由緒ある大藩に手をつける、などということがあるでしょうか」