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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
宇乃は「はい」と云った。
「おいで」と甲斐は両手をひろげた。
甲斐のその動作は、暗くてわからない筈であるが、宇乃は静かな足どりで、まっすぐに来て、ひろげられた両手の中へ、やわらかに身をすりよせた。宇乃のからだは溶けてしまいそうに柔軟で、あたたかく、軽かった。
「宇乃」と甲斐が云った。
「おじさま」と宇乃が答えた。これで二度めだな、と甲斐は思った。芝の良源院でいちど抱いたことがあった。良源院の高廊下で、宇乃はまだ十三歳であったが、そだち始めたからだの、なだらかな線や堅いまるみが、吸いつくように密着し、そして甲斐は自分と宇乃とが、もっとも深いところで、放ちがたくむすばれるのを感じたのだ。
――おじさま死んではいや。
宇乃はそのときそう云った。いま宇乃は二十一になる。甲斐には江戸番があって、一年交代の任期がしばしば延びるし、帰国しているときでも、二人だけで話すという機会はごく稀であった。こうして抱くのは八年ぶりのことだが、二人が疎遠だったという感じは、甲斐にはまったくなかった。いま抱いているからだの、ぬくみを通じて、宇乃はやはり彼に呼びかけていた。
――死んではいや、おじさま、どうぞ生きていらしって。