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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「よし帰れ、帰ってみろ」六郎兵衛は低い声で、突き刺すような、冷酷な調子で云った、「だがこれで縁が切れると思ったら間違いだぞ、きさまは酒井家の待、名も黒田玄四郎と覚えている、おれは毎日でも酒井邸へ押しかけてゆくぞ」

玄四郎は唾をのんだ。

「おい、玄四郎」と六郎兵衛は半身をのりだし、嘲笑するように云った、「きさまおれの妹になにをした、おれの妹になにをしたんだ」

「それは初めに云ってある、私と滝尾どのとはそれだけの縁だ、二人のあいだにはいま話したこと以外になにもなかった」

「ではこのふるまい酒はなんだ、なんのためにおれの機嫌をとり酒を飲ませる、なぜだ」六郎兵衛はそこで囁き声になった、「――それはな、きさまがみやになにかしていて、心に咎めることがあるからだ、そうだろう」

「いかにも貴方らしい」と玄四郎は云った、「滝尾どのから聞いた柿崎六郎兵衛という人間が、ようやく面をぬいであらわれたようだ」

「おれの云ったことに答えろ」

「答えたいが、よそう」玄四郎は刀を持って立ちあがった、「貴方を屋敷で小者たちから助け、ささやかだがここで酒をふるまったのは私の寸志だ」

「おれを、憐れんだというのか」