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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

この事実から眼をそらすな、これが現にある事実だ。しかも、おれはその金を受取った。いや受取ったのだ、紙に包んで袂へ入れられたとき、叩き返すこともできたのに、そうしようとさえしなかったのだ。

――一ノ関が最後だ。

伊達兵部へいって、只野内膳か、うまくいったら新妻隼人をつかまえ、少なくとも百金はめしあげてやろう。これが最後だ、と六郎兵衛は自分に云った。歩いてゆきながら袂の中で紙包みをひらき、数えてみると、小粒が二つに銭が幾枚かあった。

「二分とちょっとか」と彼は呟いた、「するとみんな合わせて二両足らずだな、――まえには金とは思わなかったが」

突然、なにかに躓いて転びそうになり、六郎兵衛は苦痛の呻き声をもらした。爪先をなにかに突っかけたらしい。よろめいただけで転びはしなかったし、爪も無事ではあったけれど、骨までひびく痛さに、暫くは指が痺れたままであった。往来のことだから人が見ていたであろう。子供たちの笑う声が聞え、ついでうしろから、「馬だよ馬だよ」とどなられた。六郎兵衛が身をよけると、すぐ側を馬が通りすぎ、馬のからだの匂いが強く、まるで顔を撫で去るようにはっきりと感じられた。