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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「いけないだろうね」

「それから、ええと」とかよは云った、「それから若い男の人のことをなあこっていうし、女の人のことは名の下へあねっていうんですって、かよならかよあねっていうふうに」

「では私はかずえなあこか」

「いやだ、お父さま、なあこは若い男の人でしょ」とかよは訂正した、「それから、ええと、子供はみんな自分たちのことをおんだらって云って、女の子もそう云うんですって」

おくみが肴を持ってはいって来た。

「またお饒舌りね」とおくみが云った、「お父さまがいらっしゃると、なにもかもお留守になるのね、あなたは、清書きはできたんですか」

「はい、できました」と云って、かよは机のほうへ向き直った、「いまお父さまの名前を書いているところなのよ」

「いたずら書きはいけないでしょう」

おくみは焙り焼きにした山鳩の皿を、甲斐の膳の上に置き、銚子に触ってみて、まださめていないことを慥かめてから、甲斐に酌をした。おくみはそうしながら、手習いのときには手習いだけ、いたずら書きをしてはいけないと、お師匠さまが仰しゃったでしょう、とかよに向かって云った。

「お父さまの名前を書いていたのよ」