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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

――仰せのとおりでございます。

「そのほうが聞いて来たのだぞ」

――御意のとおりでございます。

「おれはこんど出府して以来、酒井侯とはまだいちども会う機会がなかった、しかし涌谷の訴訟が切迫しているいま、どうしてもいちど対面しなければならない、それは酒井侯にとっても必要であろうし、今日は会って都合の打合せがある筈だった」

――御意のとおりでございます。

「それで会わぬということがあるか、内膳、そのほう紛らわしい口をきいたのではないか」

――私は松平内記どのに会いました。

「酒井家の老職だな」

――私は内記どのに面識がございます、内記どのの次には、関主税どのとも会いました、もちろん、二人とも私の身分と用向きをよく承知しておられ、紛らわしいような点は少しもございませんでした。

「それでもなお、侯は会われなかったのか」

――関主税どのが申されますには。

「どうした、主税がなんと云った」

――関どのが申されますには、このたびの老中評定が決着するまでは、おめどおりはかなうまい、とのことでございました。

「それは間違いだ、それは酒井侯の意志ではない、それは間違っている、側近の者たちがなにか思い違えているのだ」