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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

玄四郎は三冊の帳簿をつき合わせたり、算盤をはじいてなにか書きとめたりしながら、絶えず杉戸口のほうへ眼をはしらせていた。非番の彼が「仕分け違いを思いだしたから」と云って急に出仕したことを、誰も不審に思う者はなかった。常づね精勤で知られていたし、ほかの者が多忙なときは、いつでも非番を返上して手伝うため、その日の出仕になにか意味があろうなどとは、誰ひとり気がつかないようであった。

時は経ってゆくが、太田弥兵衛は姿をみせなかった。玄四郎はおちつかなくなり、気が昂ぶって、腋の下に汗の滲み出るのを感じた。やっぱりだめだったのか、それとも事が中止になったのか。評定はもうひらかれている筈である、弥兵衛はどうしたのだ。こうしているうちにも、伊達家の人たちは襲われているのではないか。

――いっそ出てゆこうか。

玄四郎は算盤を置いた。がまんにも坐っていられなくなったので、箕盤を置いて立ちあがり、さりげなく囲い格子から出た。

このとき表て座敷では――大書院から安芸が戻って来、代って柴田外記が呼ばれた。戻って来た安芸は、座敷と障子を隔てた、縁通りへいって坐った。甲斐がそれとなく見ると、安芸の顔には激しい緊張のあとの、ぐったりとした疲労の色があらわれ、唇が乾いて白くなっていた。