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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
かれらは昂奮し、その声はすっかりうわずっていた。このままで置くのか、とまた一人が云った。その二人はまだ生きている、止めを刺そうか。いや待て、と一人が云った。いま若殿に知らせた、若殿のお沙汰を待つことにしよう。そうだな、捨てておいても長くはもつまい、若殿のお指図を待とう、と一人が云った。
このあいだに、安芸は手を伸ばし、その手で、倒れかかるように甲斐の肩をつかんだ。
「原田、――そう思うか」と安芸は云った、「それを慥かだと思うか」
「さもなくて、これだけのことはやれません、侯は敗北を認めたのです、これは、六十二万石安堵の代償です」
「それなら惜しくはないぞ」
「最後の矢です、これが最後の矢です、涌谷さま」と甲斐が云った、「ようございますか、この刃傷は、私が乱心した結果です、私のしわざだということをお忘れなきよう」
甲斐は眼の昏むのを感じ、激しい吐きけにおそわれながら、前へのめった。
これらのことはごく短い時間の出来事であった。六左衛門の叫び声は、評定の席まで聞え、古内志摩の審問に当っていた人びとは、審問をやめて耳をすました。縁側から聞えて来たのは、尋常な叫びではなかった。