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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「人間はしばしば」と七十郎が低い声で云った、「見ることのできない、なにかの力、なにかの意志、といったものに支配されることがある」

十左は口をあいて彼を見た。

七十郎は銚子を取って十左に酌をし、ふじこに、酒を持って来い、と命じた。十左は手拭で頸や額を拭きながら、どういうつもりだ、と訊いた。七十郎は重ねて酌をし、十左はおちつかないようすで飲んだ。

「明日の朝ここを立とう」と七十郎が云った。

「明日だって、まだこんなに陽が高いぞ、いま立てば昏れるまえに永野までゆけるぞ」

「なぜそういそぐんだ」と七十郎が云った、「小野へ帰るには仙台を通らなければならない、知った顔に会わないためには、時刻を計る必要があるじゃないか、それに、どうするかということは、ここで充分に考えておかなければならないだろう」

「まだ思案がきまらないのか」

「あぐらをかくがいい、里見老、時間はまだたっぷりある」

十左はむっとふくれた。

ふじこが酒を持って来ると、七十郎は十左に、この娘は船岡の者だ、と云った。ふじこはおじぎをして、里見さまは知っています、と云った。与五兵衛の小屋で会ったことがある、と云ったが、十左は見もしなかった。