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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
七十郎は沈黙した。それから暫くして、隣りで鷺坂が起きている、と云った。
「眠ろう、朝が早いぞ」
やがて、十左が囁いた。
「小野までいっしょにゆくぞ」
七十郎は、いや、と枕の上で頭を振った。
「そんな必要はない、それでは事を面倒にするばかりだ、明日はここで別れよう」
「おれは小野までゆきたいのだ」
「ここで別れる」と七十郎が云った。
それから、十左のほうを静かに見やって、里見十左衛門にも似あわない、しっかりしてくれ、と云った。
「おれたちが間違いなく仕遂げられればいいが、やってみなければ成否はわからない、万一仕損じたときに、後陣を頼めるのは里見老だけだぞ」
「だめだ、そう云ってくれる気持は、有難い、有難く思うが、この眼ではだめだ」と云って十左は呻いた、「こんな眼になってしまって、なにができる、眼だけではない、足腰も弱ってきた、おれはもう老いぼれだ」
鷺坂に聞えるぞ、と七十郎が制止し、十左は口をつぐんで、壁のほうへ寝返りをうった。七十郎は低い声で、事を行うのは躯ではない、と囁いた。不退転の心さえあれば、大事は決行できる、それは誰よりも里見老が知っている筈だ、もしもわれわれが仕損じたら、里見老は必ず遺志を継いでくれるだろう、そのほかに人はいない、おれはそう信じている、と彼は云った。