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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
「十余日もおでかけを待っていたのだ、ぜひおめにかかって話したいことがある、柿崎六郎兵衛という者だ」
そしてその声は、原田どの、と駕籠のほうへ寄って来た。原田どの、と呼びかけた声は、けんめいで、少しふるえていた。
「無礼なことをなさるな」と村山喜兵衛が制止し、揉みあうけはいが聞えた。甲斐は眉をひそめ、六郎兵衛の、原田どの、と叫ぶのがまた聞えた。
「おろせ、――」と甲斐は云って、駕籠の戸をあけた。
喜兵衛に腕を押えられて、柿崎六郎兵衛がそこにいた。まるで酔いつぶれていた者が、そのまま起きて来たように、着物も袴も皺だらけで、乱れた髪毛が、血のけのない、蒼黒く憔悴した顔にふりかかっていた。
甲斐は「湯島へ来るように」と云おうとしたのであるが、そう云うまえに、二人の侍が来て、六郎兵衛のうしろに立った。
二人は向うの武家屋敷から出て来て、六郎兵衛を認め、それからこっちへ近よって来たらしい、どちらも中年の、浪人らしい男だったが、口髭を立てている躯の小柄なほうが、六郎兵衛のうしろから、「柿崎、出会ったぞ」と呼びかけた。
そのとき、甲斐は、その男の右腕がないのに気がついた。