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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「お屋敷へあがれないでしょうか」

「かよのことは、もう信助に頼んである」

「一年でも二年でもようございます、お屋敷でいっしょに暮すことはできないでしょうか」

おくみは眼を拭いて、甲斐のほうへ振り向いた。甲斐はなにも答えなかった。

「どうしてですの、なぜいけませんの」

「知っている筈だ」と甲斐は穏やかに云った、「なぜいけないかということは、おまえ自身がよく知っている筈だ、いっしょに暮すことは、おまえをもかよをも不幸にする」

「そうときまってはいませんわ、現にこうして十六年もお世話になっていますし、かよが生れてからでも五年、なにごともなく暮していらっしゃるではございませんか」

「この堤は、いつ切れるかわからない」と甲斐が静かに云った、「これまではどうやら保って来た、しかしこの堤は、押して来る濁流を防ぐだけで、ほかにどうする手だてもない、もうひと押し、流れが強くなれば、堤は切れてしまう、いつそのときが来るかわからないし、そのときが来れば、私はこっぱ微塵に押し流されてしまう」

「それはあんまりお考え過しです」

「丹三郎の死も思い過しか」と甲斐が反問した、「身のまわりからでも、塩沢丹三郎が死に、矢崎舎人が罠をかけられて追放された、そしてこんどは、伊東七十郎が斬罪になり、七十郎の一族まで滅亡した」