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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

焦げめをつけず、身の脂をぜんたいにまわるように、そして芯まで火熱をとおすには、榾火のかげんにこつがある。江戸に育った女性たちは、一般に川魚を好まない。宇乃の母も好まなかったが、宇乃はそうではなかった。この船岡へ来たのが寛文二年だから、もうまる六年になるわけだが、初めて川魚を焼く匂いを嗅いだとき、郷愁のようななつかしさを感じた。うまそうなというよりも、忘れていた遠いものにめぐりあった、という感じであった。

――あれは十五の年だった。

十五の年から、自分は川魚を焼くことを覚えたのだ、と宇乃は心の中で呟いた。いま鮎を焼きながらも、その匂いを嗅ぐとふしぎに胸が緊まり、はるか昔に去って来た、ふるさとが思いだされるような気持になる。人は生れ変って来るというから、もしかすると、自分はまえの世で山家にいたのではないか、それでこんな感じになるのではないか、などと宇乃は思った。

焼きあがる少しまえに、辻村又之助が来て、隠居所に客があるからゆくように、という帯刀の言葉を伝えた。

「あとはつねに任せろとのことです」

「これは仙台のお屋敷へお届けするのだそうですから」と宇乃はためらい顔に云った、「それに、もうまもなく焼きあがるのですけれど、それまで待っていただけませんでしょうか」