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れもん

檸檬・ある心の風景 他二十編

梶井 基次郎

梶井基次郎『檸檬・ある心の風景 他二十編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:檸檬、ある心の風景、愛撫、ある崖上の感情、泥濘、闇の絵巻、冬の蠅、冬の日、闇の書、Kの昇天、筧の話、過古、器楽的幻覚、のんきな患者、路上、桜の樹の下には、雪後、城のある町にて、蒼穹、海、温泉。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 127,934 字 · 263 页

青空文庫

その隣に姉が歩いている。彼は姉が以前より少し痩せて、いくらかでも歩き振りがよくなったと思った。

「さあ。あんた。先へ歩いて……」

姉が突然後ろを向いて彼に言った。

「どうして」今までの気持で訊かなくともわかっていたがわざと彼はとぼけて見せた。そして自分から笑ってしまった。こんな笑い方をしたからにはもう後ろから歩いてゆくわけにはゆかなくなった。

「早う。気持が悪いわ。なあ。信ちゃん」

「……」笑いながら信子も点頭いた。

芝居小屋のなかは思ったように蒸し暑かった。

水番というのか、銀杏返しに結った、年の老けた婦が、座蒲団を数だけ持って、先に立ってばたばた敷いてしまった。平場の一番後ろで、峻が左の端、中へ姉が来て、信子が右の端、後ろへ兄が座った。ちょうど幕間で、階下は七分通り詰まっていた。

先刻の婦が煙草盆を持って来た。火が埋んであって、暑いのに気が利かなかった。立ち去らずにぐずぐずしている。何と言ったらいいか、この手の婦特有な狡猾い顔付で、眼をきょろきょろさせている。眼顔で火鉢を指したり、そらしたり、兄の顔を盗み見たりする。こちらが見てよくわかっているのにと思い、財布の銀貨を袂の中で出し悩みながら、彼はその無躾に腹が立った。