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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

「だけど――」

と、奥さんは、にっこりして、

「意味はわからなくても、いい気持のする文句でしょう?」

次郎は、ふと、自分の生れ故郷の、あの沢辺の晴れた秋景色を想像した。そこには芦が密生していて、銀色の穂波がまばゆいように陽に光っている。一羽の真白な鳥が、ふわりと青空を舞いおりて、その穂波に姿をかくした光景は、何ともいえない美しさだった。

「どう? 次郎さんは何とも感じません?」

「美しいと思います。」

「美しいというよりか、すがすがしいといった方がぴったりしなくって?」

「ええ。」

次郎は、彼がこれまでに接したいかなる女性にも――亡くなった母にさえも――見出せなかったものが、この奥さんの言葉の中からしみ出て来るのを感じた。

「先生はね、――」

と、奥さんは、今度は掛軸の方に眼をやりながら、

「良寛のあの歌にある“まこと”というのは、この額の文句と同じような気持だろうって、よくそう仰しゃっていますの。」

次郎には、しかし、その二つがどんな点で結びつくのか、まるでわからなかった。彼は、けげんそうな眼をして奥さんの顔を見ながら、

「すると、白鳥芦花に入るっていうのは、誠という意味ですか。