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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
「今すぐ行くよ。」
と、ぶっきらぼうに言って、窓をぴしゃりとしめた。
かれは、しかし、容易に立ちあがろうとはしなかった。そして、机の上にあったはがきに、かなりながいこと眼をこらしていたが、いきなりそれをとりあげると、両手でもみくちゃにし、屑かごの中に投げこんだ。そのあと、やっと思いきったように、立ちあがるには立ちあがったが、それでもすぐには室を出ようとせず、うつろな眼を戸口に注いだまま、立ちすくんでいた。
かれが空林庵の玄関をはいったのは、それからおおかた、十分ほどもたったあとのことだったのである。
先生の書斎からは、にぎやかな話し声がきこえていた。かれは、しいて自分をおちつけながら、玄関をあがり、書斎のふすまをあけたが、その瞬間、みんなの顔がピントのあわない写真のようにかれの眼にうつった。
「何かお仕事でしたの?」
朝倉夫人がたずねた。
「ええ、……ちょっと。」
次郎は、突っ立ったまま、どもるようにこたえた。
「めずらしいお客さまでしょう。」
「ええ。」
次郎は、しかし、道江のほうは見ないで恭一に向かってわざとらしく、
「やあ。」
と声をかけ、自分のすわる場所を眼でさがした。