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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

「本田さん、まってました。」

「先生、お願いします。」

「小母さんも、どうぞ。」

塾生たちがほうぼうから叫び、拍手が何度も鳴りひびいた。

いつもなら、次郎がすぐ立ちあがって何かやるところだったが、今日は変に立ちしぶっていた。すると、朝倉先生が、急にいずまいを正し、謡曲でもやりだしそうな姿勢になった。みんなは急にしんとなって、片唾をのんだ。

「猛虎一声、山月高し――」

朗々たる詩吟の声が流れた。ところが、詩吟はそれっきりで、そのあと先生は、ひょいと畳に両手をついて四つんばいになった。そして首を前につき出し、しばらく塾生たちのほうをにらめまわしていたが、いきなり、その咽から、

「うおーっ」

と、窓ガラスを振動させるような、すごいうなり声がほとばしり出た。これは先生がいつもやるたった一つのかくし芸だったが、はじめての塾生たちの中には、虚をつかれて、思わず首をちぢめたり、「ひやッ」と叫び声をあげたりするものもあった。今夜もそうだった。しかし、あとは笑い声と拍手の音がながいこと室内にうずをまいた。

笑い声がしすまりかけると、塾生のひとりが言った。

「先生、それは先生の郷土芸術の一つですか。