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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
「実は、ないこともないんですがね。」
「ないこともないぐらいな恋愛では、しようがない。」
大河は、そう言うとまたもとの黙然たる姿勢にかえり、それっきり口をききそうになかった。すると、湯ぶねの中で、二人の問答をおもしろそうにきいていたほかの塾生たちの一人が、ふざけた調子で言った。
「ぼくは、目下命がけの恋をやっている最中なんですがね。」
みんながどっと笑った。大河は、しかし、そのほうをふりむこうともしなかった。
朝倉先生は、その時、たたきで塾生の一人に背を流してもらっていたが、それが終ると、湯ぶねの中にはいって来て、言った。
「大河君、何かおもしろそうな問題らしいが、私では相手にならんかね。」
「ええ――」
と、大河はにっと笑って立ちあがり、湯ぶねのふちに腰をおろしながら、
「先生は、恋愛をやられたとしても、時代が古いでしょう。」
「古くては、問題にならんかね。」
「全く問題にならんこともありませんが――」
と大河は真顔になり、
「実は、ぼくは、世間できわめて重大だと考えている公けの問題、たとえば現在でいうと、国家の非常時というような問題に対して、恋愛というものが、その本人にとって、実際どのぐらいの比重をもつものか、正直なところをきいてみたかったんです。