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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

閣とか荘とかでは大げさすぎる。はっはっ。」

すると夫人が、

「いい名前ですわ。すっきりして。あたたかさは、三人の気持ちで出して行きましょうよ。」

それ以来、この簡素な建物を空林庵と呼ぶことになったが、次郎にとっては、庵という字も、もうこのごろでは、じめじめした感じのするものではなくなっている。それどころか、かれは今では、どこにいても、空林庵の名によって自分の現在の幸福を思い、しかもその幸福が、故郷の中学を追われたという不幸な事実に原因していることを思って、人生を支配している「摂理」の大きな掌の無限のあたたかさに、深い感謝の念をさえささげているのである。

*

次郎は、今、その空林庵の四畳半で、雀の声をきき、その飛び去ったあとを見おくり、そしてしずかに「歎異抄」に読みふけっているわけなのである。

かれがなぜこのごろ「歎異抄」にばかり親しむようになったかは、だれにもわからない。それはあるいは数日後にせまっている第十回目の開塾にそなえる心の用意であるのかもしれない。あるいは、また、かれの朝倉先生に対する気持ちが、「たとへ法然上人にすかされまゐらせて念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらふ」