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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
それはにがい、そして冷たい味のする意識だった。封を切る時に、かすかながらもある期待をかけていた自分の甘さに対する自嘲が、そのにがさと冷たさとを倍加した。かれの眼は、しかし、そうであればあるほど鋭く手紙の上に光っていた。
手紙の文句はふしぎなほどの冷静さをもってつづられていた。次郎はかつて道江を平凡な女だと思ったことがあったが、読んで行くうちに、その平凡さのおどろくべき成長を見せつけられ、それに一種の威圧をさえ感ずるのだった。
「……実は私は、女学校を卒業前後から、いつとはなしに、恭一さんと私とは許婚の間柄だとばかり信じて来ました。今になって考えて見ますと、あらたまってそれを私に言って聞かしてくれた人はだれもありませんので、全く私の思いちがいだったのかもしれません。もしそうだとすると、私の軽はずみを恥じるほかないような気がいたします。しかし、これは次郎さんもたぶんおわかりくださることだろうと思いますが、親類中が、私にそう信じこませるような空気を作っていたことも事実だと思います。私は、自分の家にいても、大巻の姉の家や次郎さんのお家をおたずねしても、何かにつけ、そうとしか思えないようなことを耳にして、よく顔をあからめたものでした。