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うたのうるおい
歌の潤い
伊藤 左千夫
「アララギ 第六卷第三號」アララギ発行所、1913(大正2)年3月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,665 字 · 10 页
そこが最も尊い処で、その味いも潤いも極めて自然な所以である。
しかしこういう歌は、こういうのが面白いから作って見ようと云って作り得らるる歌ではない。歌の生死の境が真に一分一厘の処にあるのであるから、ほんの一厘の差で乾燥無味に陥って終うのである。
すもゝ実るみなみ独逸のたかき国の中にありといふミユンヘンの町
その語句に於て着想に於て、その題目に於て、何等の巧みも新しみもあるのではない。唯能く統一した一首の声調に、物に親しみなつかしむ気持が現われて居るのである。
人もあらぬ実験室の夜の更けにしづかにひびく装置を聞きぬ
この歌は題目が殊に新しく、着想も面白いが、その題目や着想が淡い情調に融合されて、少しも目立たないで能く単純化が行われて居る。それから『独都より』の「リンデン」の作は、作者も云うてる如く、前の歌の淋しい内にも嬉しい親しみのある情調とは異なり、旅情の淋しさと自然のさびれた淋しみとを独りしみじみと味わってる情調が、一句一句の端にも湛うてる。
リンデンの嫩芽の萌えを見て過ぎしこゝに又来ぬ枯葉落つる日
静かな声、物うげな調子、それを味うて見るべきである。