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むさしの
武蔵野
山田 美妙
「読売新聞」1887(明治20)年11~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,798 字 · 26 页
今はかほどまでに熟睡して、さばれ、いざ呼び起そう」
忍藻の部屋の襖を明けて母ははッとおどろいた。承塵にあッた薙刀も、床にあッた帷子も、無論三郎がくれた匕首もあたりには影もない。「すわやおれがぬかッたよ。常より物に凝るならい……いかにも怪しい体であッたが、さてもおれは心つきながら心せなんだ愚かさよ。慰め言を聞かせたがなおもなおおもいわびて脱け出でたよ。ああら由々しや、由々しいことじゃ」
心の水は沸え立ッた。それ朝餉の竈を跡に見て跡を追いに出る庖廚の炊婢。サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑の僕。家の中は大騒動。見る間に不動明王の前に燈明が点き、たちまち祈祷の声が起る。おおしく見えたがさすがは婦人,母は今さら途方にくれた。「なまじいに心せぬ体でなぐさめたのがおれの脱落よ。さてもあのまま鎌倉までもしは追うて出で行いたか。いかに武芸をひとわたりは心得たとて……この血腥い世の中に……ただの女の一人身で……ただの少女の一人身で……夜をもいとわず一人身で……」
思えば憎いようで、可哀そうなようで、また悲しいようで、くやしいようで、今日はまた母が昨夜の忍藻になり、鳥の声も忍藻の声で誰の顔も忍藻の顔だ。