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むさしの
武蔵野
山田 美妙
「読売新聞」1887(明治20)年11~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,798 字 · 26 页
忍藻の部屋へ入ッて見れば忍藻の身の香がするようだし、忍藻の手匣へ眼をとめれば忍藻が側にいるようだ。「胸は騒ぐに何事ぞ。早く大聖威怒王の御手にたよりて祈ろうに……発矢、祈ろうと心をば賺してもなおすかし甲斐もなく、心はいとど荒れに荒れて忍藻のことを思い出すよ」心は人の物でない。母の心は母のもの。それで制することが出来ない。目をねむッて気を落ちつけ、一心に陀羅尼経を読もうとしても(口の上にばかり声は出るが)、脳の中には感じがない。「有にあらず。無にあらず、動にあらず、静にあらず、赤にあらず、白にあらず……」その句も忍藻の身に似ている。
人の顔さえ傍に見えれば母はそれと相談したくなる。それと相談したとて先方が神でもなければ陰陽師でもなく、つまり何もわからぬとは知ッていながらなおそれでもその人と膝を合わせてわが子の身の上を判断したくなる。それでまた例の身贔負,内心の内心の内心に「多分は無難であろうぞ」と思いながら変なもので、またそれを口には出さない。ただそこで先方の答えが自身の考えに似ていれば「実にそう」とは信じぬながら不完全にもそれでわずかに妄想をすかしている。